小池至夫水彩画(通称ガッシュ)の世界

私、小池至夫(こいけのりお)が描いた水彩画を紹介しています。

上杉謙信公 初冬の春日山に偲ぶ

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上杉謙信

戦国時代に新潟県の越後一帯を統治していた上杉謙信公の居城の山城で

春日山城が、ありました春日山を描きました。

 

取材をしたのは12月6日の午後2時頃でした。

昨日来の冬囲いの残りの作業を終えてから春日山に向かいました。

晩秋のような気配で、まださほど寒くはなく、ポツリ 々

小雨の中を傘を差しながらの取材でした。

何かこの作品を描くに、ふさわしい天候と雰囲気に恵まれたのではないかと

感じ郷土の大武将の城跡の痕跡を描かせていただくことに心が

震える思いでした。

 

第一義をかざして男らしく強きをくじき弱きを助けて活躍されましたが

けっして自ら人前にししゃり出られることもなく、わきまえて奥ゆかしい

武将であられ、すべてを知り尽くされておられた謙信公にふさわしく、

この冬枯れの落ち着いた風情が、最もふさわしいと思いました。

そして何かこれが私達、越後に住む 高田人、直江津人、越後人の

強いて言えば広く日本人の生きざまに、似ていて、重なるのではとも

思いました。

 

越後の龍と恐れられ、あがめられた謙信公に、少しでも権力欲があったなら

直江津(上越市)が江戸(東京)に代わり日本の首都になっていたであろうと

推測された方も、おられましたとか。

 

地元上越市では上杉謙信公を歌った春日山節という民謡があります。

その一番は

♪  戦するなら 謙信公のような ソラ 謙信公のような

  敵も情けに泣くような そうだ そだ  そだ

  その意気だ その心意気     ♪

二番でしたか

♪  信濃 川中島 謙信公が無けれりゃ ソラ  謙信公がなけりゃ

  ただの川原だ 石原だ そうだ そだ そだ その意気だ

  その心意気  ♪

なんという謙信公の器の大きさを端的に表しているのでしようか。

 

早速に、カメラのキタムラで焼き増ししていただきPM3時半ごろより

スケッチにかかり12月19日(日曜日)のPM2時頃に仕上がりました。

二週間ぐらいの制作日数でした。

 

このブログを書いている今日は12月19日の日曜日のPM3時少し過ぎです。

じきにクリスマスそして大晦日、あと少し平穏に過ごし新年を

迎えたいものですね。

 

戦国の世に栄華を極めていた上杉謙信公や直江兼続公や多くの侍たちが

闊歩したであろう城内の山道を一筆々、思いを込めて描きました。

パソコン映像が、何かのっぺりした、はっきりしない映りになり初冬の空も

左側の山肌もカットされて、しまいましたが、それでも

山城跡の雰囲気を感じて頂けたなら、うれしいです。

いつも言い訳をするつもりはないのですが実物の絵画は、趣があり、はっきりと

描写してあります。

 

全体的に、はっきりした色相でなく写真取材したものを拡大鏡で見ながら絵筆を

一つ々進めました。

上部の山は、くねくねとしていて当時の面影が表れているようでした。

私の技量の足りなさもありますが、春日山城跡を描くのには最高の季節で

あったのではないかと自負しています。

全体的に中間色でむづかしい作業でしたが郷土の誇る山城跡を描かしていただき

感慨深く感謝しているところです。

 

尊敬している上杉謙信公を偲んだ山城を想像して頂けたなら、うれしいです。

 

あの山の上の連なる松の木は当時を知っているのでしょうか、確実に知っているのは

山の大地なのでしょうか、古き隆盛時代の思いに、ふけて、いるところです。

冬枯れの草木を見ての「夏草や 兵どもが 夢のあと」という文句が

浮かんできました。 

 

この作品の正面方向は、筒石、糸魚川、富山方面でして、右側は日本海佐渡島

そしてバックは頚城平野(高田平野)で上越市浦川原、十日町方面でして左側は

妙高市、長野方面です。

特に山頂からは、日本海の海原、上越市の街並み、米山、尾神岳、そして妙高山

が一望のもと、大変に見晴らしの良いところです。

過日、山頂まで、4,5回は、登ったことがあります、この位置からは徒歩で

10分位の道のりです。

 

最後に、この作品を見て冬枯れの枯草の微かなにおいや、漂う空気の柔らかな

湿り気、初冬の静かな 々 静寂のなかの雰囲気などを感じて頂けたなら、

とてもうれしい限りです。

ジミー大西さんみたいな地味な作品ですが(ジミーさんごめんなさい)なかなかどうして

じっくり趣のある素敵な作品でもあります。

私の作品の中でも最も、みて鑑賞していただきたい作品の一つです。

展覧会に出品すれば、大方は無視されるであろう作品ですが力量のある指導者であれば

必ず評価してくださると確信できる作品と思います。

皆様にじかに触れて頂きたい思いでいっぱいです。

 

今年はこの作品で制作を納めさせていただき新年よりまた心新たに絵画を描かせて

いただきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。

 

上越市の高田はニ、三日前より初雪がありましたが、まだほとんど積雪はありませんで

今のところ胸をなで下ろしています。

 

余談ですが明石家さんまさんのテレビの番組で、さんまさんが画廊主になられ

一般からの応募の中から、ご自身が作品を選び、それを某所で展示販売をされ

売約された作品の前で、さんまさんと購入された方と記念写真を撮られる

という内容の番組でした。

 

その前に、さんまさんの眼鏡にかなった応募者の作家さんに、さんまさんの作品に

対しての的確な鋭いアドバイスがあり、作者は一ヶ月以内にそのことを

踏まえた作品づくりをするのです。

その指摘がまた素晴らしいのです。

 

なかなか素人作家の中で、画家を本業としてやりたいとの確信やら作品の

販売等々、それにの決断とかノウハウなどに疎い人たちにとって背中を

押してくださり、しいて言えば人様の一生を左右するかもしれない出来事

が起こるような、それくらい素晴らしい企画ではないかと思っています。

大勢の皆さんが、期待と感謝の気持ちでいっぱいではないかと察しられます。

ぜひ、さんまさんのお力添えを是非とも長く、お続けしていただきたいと

願っているところです。

 

そして、番組を編成されるスタッフの皆さまはじめ、多くの方々のご苦労も

たくさんあろうかと思いますが、単なる娯楽番組ではなく素晴らしい大事業の企画、

番組と思いますのでご奮闘のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

いつもいつも私たちを、お笑いで救っておられる、さんまさんですが、この企画でも

また世の中の人々の手助けをされておられる行いは称賛に値する行為だと

思っています。

お力のあられる方の、このような行為は素晴らしいことだと思います。

お笑いで達観された方が、違う道でもまた才能を発揮される、大変に

羨ましく感動し、尊敬しているところです。

 

大したアイデアや力作ばかりで、私みたいな平凡で、だれでも描くような作品では

縁がないと思いますが、それでも一人でも二人でも私の作品に共感してくださる方が

おられるのを願いながら、それを心の支えとして、私自身は頑張っていこうと

思っています。

作品は残ると思いますので、いつの日かと、淡い希望をもって懲りずに

描き続けていきたいと思っています。

そして一生懸命さだけは人に負けないように頑張っていこうと決意して

いるところです。

 

バーブ佐竹さんも歌っていらっしやいました、あの「女心の歌」で

♪  散って砕けた 夢の数 つなぎ合わせて 生きてゆく

      いつか来る春 幸せを 望み捨てずに ひとり待つ  ♪

笑われる方もおられると思いますが、いいんです、この心根そして、

この心意気ですよね。

 

何よりも画業を生業にされておられない、さんまさんの、いろいろな画壇の制約やら

世相、文化、画歴その道の常識などにとらわれない、自由な発想、そして作品の

価値観に光を当てていただいて、素人、プロにとらわれなく、この道を無限に

改革して、いただきたいと思い願っています。

 

そして、いつも思っていたのですが、どちらかというと閉鎖的で偏りがちに思える

この業界に新風を風穴を大きく開けて頂き、一般の素人の人たちにも馴染みやすく

芸術を身近に感じられる世界に開けて頂けたなら、素晴らしいことではないかと

大いに期待しているところです。

 

このことは、お力があり、まれにみる才能もある、さんまさんにしかできない

偉業と強く思っているところです。

 

採用された方々は、それこそ、さんまさんという女神さん(男神さんですか?)

に人生の生きざままで指南していただいて、言葉にならないくらい感謝

されておられることと思います。

何よりも、それぞれの作家さんの作品に光を当てて頂いたことに大変な喜びと

大変な感謝をされておられることと、本当に 々 思いました。

 

ところで今年も残り僅かになりましたね皆様どうか良いお年をお迎えください。

本年も、お付き合いいただきまして誠にありがとうございました。

寅年の明年も、よろしくお願い申し上げます。