小池至夫水彩画(通称ガッシュ)の世界

私、小池至夫(こいけのりお)が描いた水彩画を紹介しています。

『確認』 かくにん カクニン KAKUNIN そして確認

 

 

表題に確認と、くどいほど書きましたが、それほど大事なことと思っています。

 

早いもので、今日で1月7日(日曜日)になりましたですものね、連日被災地の状況が映し出されていますが、あまりにも悲惨ですものね、神さん、仏さんに、おすがりして、少しでも良い方向に向かっていただきたいものですね。

 

青信号で平然と歩いておられる方々を目にしますが、この社会ではルールを守らない人や、勘違いをして赤信号でも、突っ込んでくる車等があることなどを認識の上であちこち注意を払い、歩行して渡っていただきたいものです。

 

車のカギですが、今リモコンで開け閉めできますが、ON,OFFを勘違いして操作することがないとも限らないので、操作した後で必ずドアが閉まっているか自分の手で確認したいものですね。

 

家を留守するときには、窓の戸締り、火の元の点検、エアコンのOFF、電気ポットの水の有無、用足しの忘れ物、最後に玄関戸の戸締り等々の確認はしたいものですね。

 

外出から帰って来た時には玄関戸の内鍵かけする、その後での、、手での戸締りの確認作業、知り合いの一人住まいの奥さんが「私、寝る前に何度も玄関へ行き、内鍵がかかっているか心配で点検しています」と言われておられましたが、非常に大事なことと思っています。

 

同じく朝方、新聞や牛乳などを取りに玄関戸を開けるときには、もしかのこと、クマがいたりとか、頭に入れて用心しながら開けるようにしています。

 

小生は建築の仕事に携わっていました時には、寸法だしの時には必ず、スケールの0からでなく10センチのところより測っていました、そして測り終えたところで、何か所かで、もう一度測り直して再点検をしていました、人間のやることですので、頭に飲み込んでいて勘違いをしていたり、そして測り違いに気づいたり、寸法が命ですので、点検作業には注意を払っていました。

 

某元飛行機の機長をされておられた方が、飛行機にはあらゆる先端技術が使われていますが、それらの絶大な信頼の上で、それでも何が起こるかわからないので、それに加え最後は人間の感覚を研ぎ澄ましたり、目視で点検したりと、これでもかとの確認作業が大切であると、しみじみと、おっしゃっておられました。

 

AI技術が、ものすごいスピードで発達しているようですが、家電製品であれ、アナログと思われるかもしれませんが、やはり最後は人間の頭、耳、鼻、目、等々の再点検、再確認が、必要不可欠で、何もなければ越したことはないのですが常にそのような姿勢、考え方で、いたいものですね。

 

寒いときの入浴ですが、お風呂に入る前には風呂ふたを少し前から開けておいて、湯気で暖かくしてからとか、浴室の戸を開け、洗面脱衣所も併せて、浴室の乾燥暖房機をあらかじめつけて起いたりして、温めておいたり、ヒートショックに注意を払いたいものですね。

 

わが家はユニットバスなので、特に入欲の後には。壁の素材の水分をふき取って、腐食しないように,,ついでに床も拭き取ったりと、いつも注意を払っています。

 

老婆心で、色々述べさせていただきましたが、石橋をたたきすぎでしょうか、少し考えすぎでしょうかねえ。

 

いつも思うのですが「ケセラセラなるようになる」本来の意味合いと違うのですが、単純に、この言葉通りに楽天的に生きられたら、どんなにかと思うのですが、皆様はいかがでいらっしゃいますでしょうか。

 

上越市高田では朝から、雪の降りっぷりがよくAM10時半近くになるところですが5,6センチぐらい積もってきました、先ほど自宅と班の消雪の準備をして井戸水を出してきたところです。

大したことがなければよいのですが。

 

1月8日 今朝まで雪が15センチぐらい積もったでしょうか、道路には除雪車が来たのでしょう、雪の塊が少しあり、それを片付けて、車二台の雪を下し、家の周りの雪かまいをして1時間ぐらいですか、それでも休み休みの雪降りで、助けてもらっているところです。

暦の上では今日は「成人の日」ですね、小生のころには15日の記憶が強く残っておりますが、成人になられた皆様には、世のため、みんなのために、そしてご自分のために、立派に務めを果たし、大空に強く羽ばたいていただきたいと、祈念申し上げさしていただきたいと思います。

 

ニュースで、北朝鮮金正恩総書記より能登半島地震のお見舞いの電報が岸田総理あてに届いたとのこと、異例とのことらしいですが、これを機に日朝間の対話の糸口にでもなればと、淡い期待を持っているところです。

いろいろな事柄が頭に廻ってきますが、このこと単体で考えたときには、総書記に感謝申し上げなくてはならないのではないかなあと、思っているところです。